H―C≡N

マイケル・ホー、水戸部 七絵、川井 雄仁、渡部快
2020年 10月1日 – 11月14日

TOKYO INTERNATIONAL GALLERY(TIG)の10月グランドオープンに際し、新進気鋭のアーティスト、マイケル・ホー、水戸部 七絵、川井 雄仁、渡部快によるグループ展 “H―C三N”を開催いたします。

—シアン化水素-“恐怖心”との対話は真の“己”を浮き彫りにさせる—
たった一つの生命体-COVID-19の出現は抗うことのできない“恐怖心”を蔓延させ“社会”という厚い建前の下に息を潜めていた社会の歪みや脆さ、分断や差別、格差や不条理への怒りや悲しみといった心の底に沈む感情の闇を露呈させた。
その様相はまさに無秩序な“恐怖心”が世の中を支配した第二次世界大戦下、
ホロコーストで使用されたシアン化水素を彷彿とさせる。

皮肉にも、世の中が“繋がっている”ことを証明し人は皆等しく(死に向き合う)“平等な”生物であるということを示したのは国境などものともせず、資本主義経済を狂わせ日常の景色を変えたこのCOVID-19である。

そしてこのウイルスによる一連のパンデミックがもたらした最大の産物は意味を成さない社会的システムからの解放と身体的コミュニティからの隔離によるアイデンティティの喪失だった。

誰もが想像しなかった領域へ今尚向かっている先の見えない未来を前に、アーティストは真に“己”に向き合うことを通しこの世の中を咀嚼する。
油絵具、土、3DCG、コード。自らの“言語”を用いてキャンバスと格闘し増幅しかたまり、やがて溶けていくプロセスは形を止めることなく変化する有機体のようだ。
鑑賞物を前に己の中の恐怖心に向き合おうとする瞬間、あたらしい対話、言語が生まれるはずだ。
“恐怖心”が美しさを讃えるとき、あなたは何を語るだろうか。

アーティスト・ステートメント

マイケル・ホー
今回の作品群では、パンデミックの影響から身を守ってくれる日本民俗生物のアマビエに言及する。世界の様々な大惨事への漠然とした暗示の中で、「共感疲労」という概念が、ほほ笑みを込めた、目標のない問いかけを通して鑑賞者に突きつけられています。作品の幾何学的な形は、共感疲労を防ぐためのお守りのようなものなのかもしれないし、二次的ストレス障害によって自己が燃え尽きてしまうという考えの不条理さを示しているのかもしれない。あるいは、このような迷宮のような内省をすることは、人類が無視してはならない2020年の終末的な現実から人の気をそらすプロセスそのものなのかもしれない。『アマビーのタリスマン』は、それぞれの概念を区別する細かい線に同意することを追求する中で、唯我主義、逃避主義、セルフケアの概念とジャグリングしています。

>マイケル・ホー

水戸部七絵
コロナパンデミックは、人類にとって脅威な存在である。医学や公衆衛生が発達したとしても、人間が病気と必死に闘うように、彼らもまた薬剤に対する耐性を獲得し、強い毒性を持つなど進化を遂げてきたのだ。

人生をふりかえってみて、この世界的なパンデミックの体験は、初めてかもしれない。でも、時事的な問題は日々起こっているのだが、ニュースを見ている分には間接的であったり、離れた地域であったりして、自己の問題として遠い事柄に感じられ、私は世界の外側にいるようであった。
しかし、世界中が共通のパンデミックの渦中に巻き込まれてしまった状況で、人物画を描いてきた自分にとっては、人との接触ができない状況が意識を大きく変えるきっかけとなった。

それから私は海外のSNSから流れるニュースに夢中になった。
人々が家に籠もり、野生の山羊が町に溢れた状況など、人間がいなくなり動物達が自由に暮らすニュースが特に目を引いた。今まで描いたことのない動物などをドローイングも描いた。私は、人との接触がなくなったことで、今まで同様に人を描くことを不自然に感じ、自然とこれまで描いたことのないモチーフを描ていた。
思い起こせば、私は幼い頃、絵本が好きだった。そういった童話の中で共感する設定というのがある。それは人間と動物は対等な存在である事だ。
そして、程なくしてアメリカでBLM運動が起こった。

今作は、世界のニュースの中で登場する出来事、トピックスを絵日記に起こしながら、描いた新作である。様々な色味を帯びながら、形を抱えながら、この二次元のルポルタージュが国境を越えていくように願っている。

>水戸部七絵

川井雄仁
僕には、このウィルスが一瞬にして私たちの共同体から建前を引き剥がし、むき出しの本音を晒してしまったように思える。
隠蔽しながらやり過ごしてきたこと。共同体の欺瞞。
分断。格差。差別。国家。政治。怒り。無力感。孤独。
そしてとうに進行していた社会の変化に取り残されてしまっていたことに気づく。
幻想の消滅、建前の喪失は、深い自尊心の傷つきを伴う。

Covid-19が社会に与えたインパクトは、僕にとってまだとても整理が及ばない大きな波だ。

感情には時差がある。
解像度を下げて録画を続けながら、脳は心に麻酔をかける。
ずっと後になってから、粗い画像が脳内でランダムに自動再生されて、それにひもづく感情が呼び起こされる。
僕はいつも、大きな変化にリアルタイムに反応できない。

「今」が見えない時、僕は過去を参照する。

歴史の中で大きな変換点をどう人類は乗り越えてきたのか。
「歴史化」して参照できる過去に共感点を探れないだろうか。
アートはその歴史そのものだと思う。

僕の人生においても、何度もアイデンティティの危機は訪れたし、
たくさんの過渡期があった。
その度に僕はアートとどのように関わってきたのだろうか。

戦後を強く生き抜いた娼婦たち。10代の頃に傾倒したNo futureなムードとドラッグ。デビットボウイとラフシモンズ。若さと危うさ。郊外の団地。アルコール依存とリハビリの日々。精神病院の白。グロテスクに生き延びる強さや取り残されてしまった者への共感。

漠然とそんなものたちに思いを巡らせながら、土と向き合った。
直感的に探り当てたそれらの共感点は、「今」にそっと寄り添いなんらかの意味を持ってくれるものと信じている。

>川井雄仁

渡部快 
「Acquaintances Through Iteration」は2020年のCOVID-19パンデミックの間、個人の視点を覗き込むインタラクティブなウィンドウです。ウィンドウは参加者に、パンデミックに関する個人の個人的な解釈のイメージと専門家を部分的に明らかにする何もない表面に近づくように求めます。イメージは、細胞の生命をシミュレートしたアルゴリズムであるセルラーオートマタを使用することで姿を消し、文字通りCOVID-19が蔓延する可能性のある性質を示している。距離を縮め、行動をとることで、イメージの多くが明らかになります。コミュニケーションが必要であり、抑制できない方法と同じように、他の人とつながるために鏡に近づきたいという欲求は否定できないが、私たちは行動に従事しているので、常に私たちの心の奥にある。

>渡部快